今日思った言葉を綴るページ

日々が当然にすぎる中で、考えを整理したいと思い、始めます☺︎

女らしい男らしいって、そんなに必要ですか?

 

2019年2月15日

 

男女の脳

 

男性と女性の脳は比率が違うことによって考え方が異なる、という話は有名ですよね。本やインターネットでよく色々な記事を見ますが、それによって、女っぽい男っぽいと考えることにすごく抵抗があります。

ですが実際に私もそれを客観的に友人たちを見ていると違いを感じることが多々あることも事実です。

 

 

自分の中での優先順位が人生にはあり、その順位によって行動を選択し、結果を目指しますよね。女友達(高校時代から)と男友達(中学時代から)のそれがあまりにも違くて、考え深いなと思い記録していこうと思います。

 

女友達23歳

結婚(子供)→友達(娯楽)→仕事

早く子供が欲しいから結婚をしたいけど、愛がないものは受け入れられない。その次に一緒にご飯を食べて話を聞いてくれる友達。最後に今の仕事、出世欲が強いわけではなく、真面目にして買い物に困らなければいいな。

 

男友達23歳

仕事→友達=結婚(恋人)

男友達は、結婚するにしても1人でいたとしても、お金が必要だから仕事が第一。出世はしたいやりがいが欲しい。気楽に飲みに行ける友達と恋人は同じくらい大切。でも長い付き合いじゃないと恋人より友達を選ぶ。

 

どうしてこの優先順位を友達に問いかけたのかというと

プロポーズを素直に喜べなかったのです。私の優先順位は気がついた時から下記のものでした。

 

 

私23歳(女)

仕事→両親→友達=結婚

 

まず、出世をしお金を稼げるようになりたい。そしてうまくお金を駆使して両親に感謝をしたい。話を聞かせてくれる友達と、安らぎをくれる恋人は同じくらい大切です。

 

ただ、女友達と大きく違うことは結婚願望が全くない点です。子供もすごく欲しいと思えない。自分のことがしっかりできていない、仕事もまだ不安定、その中で誰かと籍を入れ苗字を変え、妻になることにどうしても抵抗があります。

彼には、応えられなくてごめんね、と謝罪をし、この旨を伝えました。彼は一緒に居られるだけでいいし、もっと仕事頑張るから、いつでも頼ってね、と理解を示してくれました。(彼氏素敵、拍手)

 

 

 

 

私自身、普段の行動でも男友達といる方が気楽な時が多くあります。もともと男っぽい性格だとも言われてきたし、あまり女友達に共感するような相槌を打つことも苦手です。だからこそ、冒頭に書いたような、女っぽい男っぽいというワードが気にかかるのです。

 

 

でも、だからと言って、女性寄りになりたいとは思わないんです。女の人が仕事にがっつくのはかっこいいですし、子供を産んで大切にしたいと思うのは強いです。だから私は一番楽な状態の自分を愛したいと思っているので、私は私のままでいようと、思っているのです。

 

同意することが全てではないし、かといって否定することが全てでもない。誰かの話を聞くことは大変ですが、優しさを持って真摯に対応することが大切なんじゃないのかな、と思い、これから頭に置いて誰かと飲みに行きたいな、と。

 

 

今日もビールを飲みながら思うのです。

 

shin

 

 

 

美しさとは儚さ。儚さとは美しさ

 

19年2月14日

 

 

今日から二泊三日、軽井沢に旅行に来ています。

半年に一回の贅沢として値段を気にせず宿を決め、息抜きの時間を過ごしています。今回は去年できた新しいホテルに宿泊しています。

 

www.legrand-karuizawaresort.jp

 

2月ということもあり、私のような日本人の旅客があまりいません。( すれ違うのは中国の方が多いです。)なので先ほど大浴場を丸々1時間、1人で使いました。

何年かしたら、このホテルの素晴らしさが広がり、多くの方が宿泊に来るはずです。なにせ軽井沢、美味しい食べ物、神聖な教会、晴れていても降る雪、多くの魅力がある場所です。もうこんなに広々とした気持ちで、堂々と大浴場を満喫することはないんじゃないかな、と。ほとんど耳までお湯に浸かりながらふと思いました。

 

 

美しさとは儚さ

 

小学生の頃父親の仕事の関係で、毎年のように夏、軽井沢に来ていました。

森に囲まれた白い古いコテージは15年ほど前では本当に涼しく、朝方は寧ろヒヤッとしていました。旧軽井沢通りの浅野屋でパンを買い、次の日の朝食にしていたこと、森に入ってクワガタを探したこと、必ず父の車にはサザンオールスターズの曲が流れていたこと。

当時のことを忘れていたくせに、また改めてその地へ来ると、写真のように瞬間瞬間が思い浮かびました。不思議です。欲しい時に出ない記憶と、なんとも思っていないのに出てくる記憶。

 

 

私は猛烈に切なかったのです。幼い私を楽しませるために、両親がしてくれていたことを、意図せずに忘れていき、聞かれても答えられない。

美しさとは儚さと同じ意味だな、と改めて思いました。

 

 

美しいと思ったものを、私たちは瞬間記憶しますが、それは決して永遠に続く記憶ではありません。ふとした拍子に、或いは知らないうちに消えてしまうものですよね。

きっと、それは多くのものが対象です。恋愛も友情も、青春も。キラキラと輝く瞬間がいつかは犠牲になるもです。今、この瞬間ですら、薄れていくでしょう。

 

でも、今日の私みたいに部分的に思い出すことができる。

『あ!ここ来たことある!』 『それ知ってる!』

これを繰り返していくこともまた美しさです。両親への感謝が深まり、いつかまた家族で来よう、とやる気にさせてくれる、これから先の青春の目標へと変わったのです。

 

 

今回癒しを求めて軽井沢に旅行で来ていますが、何か自分の中で変化が起きる旅行なのではないかと、ビールを飲みながら、今思うのです。

 

 

shin

 

 

 

自己啓発本にある、”毎日の習慣”というワードについて。

19年2月13日

 

 まず、なぜブログを始めることになったのか。

それは、私自身が内向的な性格で、意見が言えない、というのが根本にあります。学生時代、周囲の話題は恋愛トーク或いは批判するトークで溢れかえりました。そこに馴染めず、好きな音楽の話をし、絡み辛い人、浮いてるよね、と言われたことをきっかけに、自分の話をするのが苦手になりました。

 

そこから約10年が経ちますが、友人、家族、恋人、職場の先輩後輩、本音で会話をすることを恐れ、面倒くさいとすら思い、そんな自分を卑下し生活しております。

ただ、その分思ったことを、紙やパソコン、ケータイ等々に記録してきたので、そちらをまとめられたらな、と思ったことが契機となり、自分の中だけでなく人の目に届く媒体を使うことにより、しっかり考えよう、と思い始めました。

 

 

 ★では、早速最近考えていることを綴りたいと思います。

自己啓発本にある、”毎日の習慣”というワードについて」

 

私は母親から

①顔を洗う②着替える③ご飯を食べる(忙しかったらヨーグルトだけでもまぁ良し)④歯を磨いてから1日を過ごす、と教わってきました。

各家庭によって順番は違えど、似たようなことを教わるかと思います。寧ろもう少し細かく教わるかもしれません。何せ私の母は、自分で考えることを大切にしなさい、というタイプなので。夜もある程度決まった順路があります。

 

実家にいた時、時間を意図的に決めて、ペンを持ち日々を記録していました。携帯に打ち込むこともあったし、自室で涙ながらに録音をした日もありました。他者から見ると、暇潰しをしている、携帯のゲームをして、部屋に籠っているだけに見えるかと思いますが、この時間が、幼かった私を明日に繋げるためには必要不可欠でした。誰かに悪意をぶつけられても、何かに吐き出すことができる行動、時間が13歳の自分を保つ唯一の方法だったのです。

 

結論、「毎日の習慣」とは、他人に決められるものじゃないと、思うのです。自己啓発本でよく、"やめたらいい習慣"というワードのついた物がたくさんありますが、(例えばお店でコーヒーを飲む時間が)癒しになっていたり、自分のことを考える時間になっていたりするのに、そんなことまで支配される必要がないじゃないか!!!と思うことができる行動こそが、自分にとって毎日することなんだと、私は思うのです。

 

ただ、ゲームが癒しの時間だからと言って、引き込もり続けるのは違いますね。だって現実の自分と向き合う時間ではなく、画面の中の自分を育てることは非現実的です。日々の癒しとして、時間を決めたりして楽しむのであればそれは良い事だと思います。

 

大切なのは、その時間を使うことで、今の自分と向き合うことができるのか、または向き合うためにリフレッシュ癒しが発生するのか、だと思います。

 

なので自己啓発本を読んで、何から何まで真似する、という行動は、本に主導権を渡しているような、本を信じている、軽い現実逃避にすら感じます。読むことが間違っているというわけではありません。違うものの見方ができるので面白いと思います。ただ、本を信じるのではなく、自分自身を信じることが現実と向き合うことなのではないでしょうか。

 

 

ということで、私は仕事の合間を使って、こちらのブログを発信のツールとして、大切にしていこうと思います。続けることで、矛盾にぶつかったり、それによって悩むこともあるかと思いますが、その時のことをよく考えて更新していけたらな、と思います☺︎

 

よろしくお願いいたします。

 

shin